Polyunus

なんでもやってみたい、駆け出しSEの日記です。

『陰翳礼讃』

 

陰翳礼讃 (角川ソフィア文庫)

陰翳礼讃 (角川ソフィア文庫)

 

谷崎潤一郎の随筆を、 Kindleに購入しました。

 

さて、普段本を読まない(読めない)私ですが、なぜこんなに渋い本を選んだのかを説明しましょう。

 

1.名文に触れて文章力を高めるため。

2.『美しい日本語と正しい敬語が身に付く本』という雑誌で谷崎潤一郎が紹介されていたため。

3.今までに読んだことのないジャンルであり、開拓してみようと思ったため。

 

上記理由です(ちなみに理由を必ず3点挙げる、というのはロジカルシンキングの本を読んだことに由来します)。

 

この『陰翳礼讃』、文字通り日本の「陰翳」を「礼讃」する内容の随筆から始まり、時には猫を愛で、時には厠(かわや=トイレ)について意見するという自由な内容です。

 

Kindleでハイライトを付けた箇所を振り返りながら、感想を書きます。

 

陰翳礼讃

われわれ東洋人は己の置かれた境遇の中に満足を求め、現状に甘んじようとする風があるので、暗いということに不平を感ぜず、それは仕方のないものとあきらめてしまい、光線が乏しいなら乏しいなりに、かえってその闇に沈潜し、その中に自らなる美を発見する。

 

 

黄金を用いた装飾について、いくつか言及があります。

薄暗い中でちらっと光る黄金。

 

私も以前から黄金というものは金閣寺のように、いかにもな「金ピカ」よりも、

光をあまり反射しないときの暗めの色を持つ方が好きです。

まさかこんなところで共感できるとは思いもしませんでした。

 

「金を磨き上げ、とにかく光った方が良い」とする美的感覚とは対照的です。

 

現代口語の欠点について

今の人の書く物は一つのセンテンスが短く、十中の八九まで動詞をもって終わるものだから、(このことについてはいずれ後段で委しく述べる。)従って「る」と「た」が一層重複する。

 

 

これは、文章に関する言及です。

最近仕事で社内向け文書作成を始めた身としては、こう思うことがよくあります。

いかにして過去形と現在形を織り交ぜて、文末を変化させて文章を作り上げるか。

谷崎は終助詞の使用を提案しています。

「~ですね」「~ですよ」と言う際の「ね」「よ」にあたるものです。

仕事面ではやや使いにくいですが、実際には、あれば人間味が出ることは間違いないと思います(そういうメールを打つ人が課内にいます)。

 

半袖ものがたり

実利に生きる大阪人は、他人の思わくを顧慮するよりはただこの簡易服の重宝さと、着心地のよさを愛そうとする。そうして一般の人々も老舗の主が半袖姿で家業にいそしんでいるのを見ると、何となく商売ぶりの手堅さを思って、その人と店とを信用せずには措かないのである。

 

「半袖」についての記述です。

私も出身は大阪であり、大阪人としての意識はまだ強い自覚があるのですが、

確かに機能性を重視する面があります。

これについて考えるのは、スーツです。

 

私は滅多に顧客先へ行かない、所謂内勤なのですが、

スーツ着用が義務付けられています。

IT企業です。今時ベンチャー企業などであれば私服のところも多いでしょう。

暑くて眠くなったり、しばらく団扇で扇いで休憩したり、支障が出ます。

軍隊のように「一体感」を持たせるためでしょうか。

クールビズ期間も6~9月と短いのですが、果たしてこれらが業務効率にどれほど悪い影響を及ぼしているかしれません。

 

もう一つ考えたのですが、もしも見た目をある程度の水準にさせる(私服があまりにもダサいとみすぼらしいため)という目的があるのであれば、それは達成できているのかもしれません。

 

旅のいろいろ

スピードアップということが時代の流行になっているので、知らず識らず一般の民衆が時間に対する忍耐力を失い、じっと一つの物事に気を落ち着けて浸りきることが出来なくなっているのであろうか。 

 

以前の私にもこれは大いに当てはまっていたと思われます。

まず、歩くのがとにかく早いです。

移動時間=無駄という思いからでしょう。

 

しかし、今やその「歩くこと」が趣味と化しています。

もちろん歩きながら写真を撮る、英語を聴く、音楽を聴くなども目的なのですが、

時間に対する焦りの意識がなくなったのか、1日かけてゆっくりと辺りを散策したりすることが趣味になったのです。

 

腰を据えて何か1つのことに取り組むというのは大切ですね。

しばらく続けているとようやく見えてくることもあります。

今の仕事はまさにそうです。

 

さて、ハイライトを付けた箇所はまだ他にもあったのですが、

特に感じたことは書いておきました。

たまにはこのような随筆文を読むのもおもしろいと思います。

筆者の自由な考え方、当時の文化などが分かります。